玉響記 2

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桜の開花とお城

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待たれた桜の開花宣言が 3日やっと出た。
丁度、この日、お約束の人たちとお城へ出かけた。昨日までチラホラだった花も 急に開花したようだ。
天守閣に新しく出来た展望台にも大勢の人が上っていた。オープン翌日に行った時は殆ど人も居なかったが 桜の力はスゴイ!!
天守閣への通り道は 今までと違い、柳沢神社の前を通るようになった。この前にこんな灯篭があったとは・・・
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何だか彫り物の多い灯篭だ。
よく見れば
グルッと十二支が彫られている。

上右から
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・羊・申・酉・戌・亥


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 この城跡は 昭和58年(1983)に「明日のお城と城下町を考える会」により毘沙門郭・常磐郭に追手門(梅林門)などが再建された。
当時、この会長が知り合いだったこともあり微々たるものだが少額 寄付もした。(大きい顔は出来ない程度だが)
また、石垣の孕みが課題となっていた天守台は修理を終え3月26日完成した。

昨年、(平成28年4月)、市内篤志家より極楽橋再建を目的とする寄附金3億円があり、本丸と毘沙門郭を結ぶ「極楽橋」の再建計画が具体化した。
この場所には看板が建てられ完成後が判るようになっている。




「孕」d0356076_07591182.jpg

 乃(ダイ)は人の測身形で その中に子がいる。子を孕む形である。
甲骨文字が誕生して 少しずつ形を替えたとは申せ面影は残った文字だ。

石垣は 子供こそ居ないが 高さ約8.5メートルの石垣で築かれている。この上に、天守が建っていた。
この石垣は、自然石を積み上げた野面積み(のづらづみ)で、自然石の他に、寺院などから徴発してきた石仏・礎石といった転用石が多く含まれている。
この石垣に孕みが出てきて 今回の工事及び調査となり3年ほどの年月を要した。




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by souu-4 | 2017-04-04 06:06 | 奈良 | Comments(4)
Commented by usatyu4 at 2017-04-05 23:00
こんばんは お城には桜が似合いますね。
十二支の灯篭珍しかったです。いつか載せていた工事を
していた天守台が完成したのですね。これからは
お花見のころが楽しくなりますね。
Commented by souu-4 at 2017-04-06 06:06
usatyu さま
長い工事を終え やっと完成しました。工事の為、随分樹は切られましたが
天守台付近以外の桜は咲き出しました。アッという間に散っていくのでしょうね
この灯篭 今まで気が付かなかったのですが面白いでしょ。
Commented by おせっちゃん at 2017-04-07 15:10 x
お城に桜は似合いますね。日本の美です。
それにしても白の建築技術、石垣をはじめとする築城技術、屋根のそりなどの美。見事ですね。
費用はどうして賄っていたのでしょうか。結局庶民から搾り取っていたということかな。
Commented by souu-4 at 2017-04-08 06:20
おせっちゃん 様
古い時代から素晴らしい技術があったのですね。それも人の手による
重労働は大変なものだったでしょうね。その労働者の家族の思いが
離れた場所に感じるものが残っていたりすると このお城の為にと
申し訳なく思います。費用も然りでしょう。
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一瞬のきらめきを大切に


by souu
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