玉響記 2

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中秋

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酷暑だった夏も遠のき お米も収穫の時期が来たようだ。
中秋!秋の真ん中
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休みの日は 休みの用事を済まさなければならない。午後、犬のサプリメントを貰いに行き 刻字用教材を探しに行き 筆屋さんへ、ここでお喋りのひと時を楽しみ奈良町の画廊で「木と寄り添って」を拝見。FBで見ると大きなものかと思っていたが掌に乗る小さなものだった。あんな繊細なものだとは やっぱり実物を見るに限る。
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途中、猿沢池へ回ると采女祭の準備が進み 早くも見物人が大勢待っていた。
24日は采女祭。奈良時代に帝に仕えていた采女が、帝のご寵愛が衰えたのを嘆いて猿沢池に身を投じたという話に因んで その霊を慰めるためのお祭りが催される。
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この花扇がお渡りのあと管弦船に移され池を巡る。
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お渡りの後 猿沢池では采女神社例祭、管弦船が池を巡り花扇を浮かべて采女の霊を鎮め、人々の幸せを祈る。
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時折 雲間より十五夜の月が見え隠れした。
今夜は満月。



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# by souu-4 | 2018-09-25 00:24 | 奈良 | Comments(3)

猫の本とメガネ

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Facebookでは1年前の今日、こんな事を書いてましたよ、とお節介にも知らせてくれる。去年も一昨年も このダイヤモンドリリーが咲いたと書いていたらしいが今年は咲いていなかった。
不順な天気の所為で 今年はダメなのかと思っていると数日後には例年通りの花が咲いた。
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近くの和菓子屋さんでも季節の生菓子が出るとお抹茶を点てて・・・そんな時間を過ごしたくなる。
こぼれ萩 萩の花
今頃は東の山を見ると
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咲いているのだろうか?奈良には萩の名所、白毫寺がある。
あれから随分になるが あの時一緒に行ったあの友達も元気だったなぁ つい色んな事が蘇る。
そうそ、先日読んだ「猫思考」
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自由に生きるためにやらないこと?
やらないことリストが書かれている。

実は この前の日曜日、この著者のやらないことワークショップがあり参加した。
いきなり「遣りたくない事を3つ書いて下さい」と来た! 
やりたいことはイッパイあるけど もうこの歳になると遣りたくない事ってナイよ 
一人ずつ回って最後だったから やっと考えた。
何もしないなんて事をしたくない。ボーっと生きていたくない。
何事も歳の所為にしたくない。  かな?
正直、この場には若い人しかいなかった。こんな老婆のいう事は理解出来ないと思う。ずっと先に如何したいって希望に満ちている人の中で そんなノンビリとした時間のない者が何を言っても理解してもらえないと思っていた。参加者24名だったそうだが この答えの反応はあまり覚えていない。
遣りたいことは もっともっとステキな作品を書きたい。そしてこんなに楽しい事を後世の人に伝えたい。好きになってくれる人が例え僅かであっても伝わってくれればイイナァと思っている。
残り少ないからか遣りたいことがイッパイある。出来たらやり残さず旅立ちたい。
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段々、細かい文字が見え難くなってきた。大きくして見る方が楽!!
この眼鏡 宣伝料が半分くらいじゃない?よーーくコマーシャルしてる!
宣伝に踊らされたのならクヤシイ!!でも、拡大すると楽に見える

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 台風で近くの川に架かる橋の橋桁が1本流れていき通行止めになった。当分通れないだろうと思った通り、直す気があるのか??
ところが 関空の連絡橋。あの状態を見た時 当分無理だろうと勝手に思っていた。
が、早い!
勿論利用客の多い所は そうでないと不便だけど 人間ってガンバルネ~~
阪神大震災の時、ボランティア先で復興工事をしている人を見て「蟻ンコみたい!」なんて失礼な事を思った。アリさんも巣を壊されても黙々と復活させている。一緒にしたらいけないけれど 働く姿は一生懸命だった。

天災になんか負けるものか!!




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# by souu-4 | 2018-09-19 18:12 | 雑記 | Comments(14)

半分青い

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朝ドラ「半分青い」も今月でお終い。今朝は鈴愛のお母さんのため?に涼風(そよ風)の扇風機を作る律。
「風を見る」 私は漢字の説明の時、象形文字のように見たまま出来た漢字の他、「気」や「風」のように目に見えない物も漢字を作った、と話しています。
あなたは風をご覧になったことありますか?

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でも
見えないものの漢字は 想像の世界ですね。
初めは 鳳が羽ばたいて起こった風だと思われていました。
でも、「凡」の下は鳥ではなく虫ですね。何年か経って 風は鳳ではなく竜ではないかと言われるようになり・・
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こんな形になりました。
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古い文字は鳳と風は同じ形になっているのです。
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   ここにあるこの形は舟で運ぶという意味になり 風にあるのです。文字は生まれた時のままの形ばかりでなく変化したものも多くありますが 唯の記号ではありませんので 全く違うものに変わらず3300年も使い続けられています。世界中に文字は沢山ありますがこうして続いているのは漢字だけです。

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先月の展覧会に出品した「光」の作品に 道元禅師の詞を書きました。
今朝の新聞に道元禅師が「人はみな食分あり、命分あり」と貪欲を戒めた話が載っていました。一生の内食べる総量も命の長さも決まっているということですが 医学が発達し 生まれた時に決まっていた以上に生きているのではないでしょうか?



More =困ったパソコン=
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# by souu-4 | 2018-09-13 16:49 | 漢字・成り立ち | Comments(10)

「眞」という漢字

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台風が通過した翌朝は 何でもなかったように朝日が昇ってきました。
何処もこんな風であれば 台風も偶には仕方ないのかと思えるのですが 今回は大きな爪痕を残し苦しめていきました。
阪神大震災の時は毎日毎日 被害状況が報道されるほどに ここまで苦しめられるのかと思いました。
今年は 関西でも6月の地震が まだ立ち直っていない内に大雨や台風、それも次々に発生し57年前の第二室戸台風を思い出さずにはいられません。
もう一つ思い出す台風はジェーン台風です。昭和25年、中学校に入った年で2学期が始まったばかりでした。昔の家は縁側の下は空いています、容赦なく入ってくる風は畳を持ち上げるのです。祖父母、両親 兄弟3人が その上に座って重りの代わりになっていました。瓦もパラパラ飛んでいくのを雨戸のないガラス戸から見ていました。父が畳をあげ 弓なりになるガラス戸を抑え始めました。翌朝 学校へ行くと大きな樹が何本も倒れていました。死者398名、行方不明者141名、負傷者26,062名というものでした。
その後、台風の度に窓には板を張り付けていたのを思い出します。長く生きてきた者にとって多くの体験をし世の中の移り変わりを感じるのは当然でしょう。
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今回、厚真町で大規模な土砂崩れがありました。先日、西日本豪雨で浸水があった真備町。偶然ですがどちらも「真」が付きます。私の名前にも「眞」が付くのです。
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 この文字は「匕(カ)」と「県」を組み合わせた形です。匕は化の旁と同じで人を逆さまにした形です。顛死者、不慮の死を遂げた生き倒れの人だと言われています。これは そのままでは何と嫌な文字だと思いますが こういう死に方をした人は 丁重に鎮め 祠の中に寘(お・テン)き 霊の力をもつ玉をそえて瑱(しず)めたのです。「眞・真」は変化するものではない 永遠のものなので真の存在で「まこと」の意味になり、とても良い文字なのです。

真備町、厚真町の皆さんの復興を祈っています。




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# by souu-4 | 2018-09-07 10:40 | 漢字・成り立ち | Comments(8)

清澄の里

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我が家から東に行くとJR萬葉まほろば線の帯解(おびとけ)という駅がある。
そこから更に登っていくと 清酒発祥の地であり紅葉で有名な正暦寺がある。その近くにある奈良市高樋町は、万葉の歌人達に「清澄の里」と詠われていた 田園風景が広がるまほろばの里がある。=写真の右手 こんもりとした森の向こう側辺りが我が家である=
1998年より奈良県の伝統野菜である大和伝統野菜の調査研究を行ってきたそうで、この地で栽培した奈良の伝統野菜を使った料理を出す店がある。見上げるとロッジ風の建物があり ここが「清澄の里・粟」である。
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ここにはヤギのペーターくんがいる。
動物大好きな夫は すぐ気に入って仲良しになった。
天井の高い広々したフローリングの店内のテーブルには野菜が沢山置かれている。
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見たこともないような形の野菜は 全てNPO法人がこの地で栽培した野菜や穀物で 多くは奈良の伝統野菜、海外のものもあるようだが ここで栽培されているようだ。
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ヘビウリや
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こんな形をしたカボチャも天婦羅になったり
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陶板焼きに使われたり
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イガイガしたのがキュウリの先祖 ククミス
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これがキュウリ
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お漬物になったり・・・
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これは粟生(あわなり)という和菓子
一般的な粟の粒は黄色だが これは白色で粘り強いので白い餅ができる。そのため、昔、お婿さんが米の餅とまちがえるほどだったことから、「むこだまし」の名がついたといわれる。餡も左のビンに入ったものを使い 白あんの方は白い小豆を使っている。
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テーブルに置かれた本には こんな面白い野菜も載っていた。

料理が運ばれてくると 食材の説明も丁寧にして頂けるが中々覚えられない。
今回 久しぶりであったが途中で撮った写真を 娘にLINEで送り 今度帰省した時また来ようという事になった。時々はゆっくり楽しみたい店である。



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# by souu-4 | 2018-09-01 21:34 | 奈良 | Comments(14)

ぐらん🐾わん!

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ブロ友さんが こんなのがあるよ!と送って下さった。
勿論、応募することより リクが逝って丁度半年。思い出しても良い頃だろう。
忘れているわけではないけれど いない生活に慣れてきたことは確か。
あんなにヘンになっていたアイもひとりでのお留守番も出来るようになり そんなものだと思っている風だ。

この冊子の表紙は・・・
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マレちゃん!2017年2月に お邪魔した時より今の方が元気そう!
私たちがお邪魔した時の事は https://souu3.exblog.jp/23869854/
              ↑ ここに。
マレちゃんのblogは https://ameblo.jp/marekun55/ 
18歳になったようで こんなに元気!! これを見るとリクももっと頑張ってほしかった、最後に心肺蘇生をして息を吹き返したので もっと頑張れば良かった!が、とてもシンドそうだったので手を緩めてしまった。今更 後悔しても如何にもならない。
リクは生まれてペットショップへ出され 売れなくって大きくなってしまっていたのでウインドーでなくゲージに入れられ 処分されそうだったのを娘が見つけ買ったそうだが その当時、前の犬が死んで これでお終いと言っていた私たちに「ブリーダさんに戻された犬を飼ってやってほしい」と頼まれたと嘘を言っていた。ずっと その言葉を信じて一緒に暮らした。別に嘘を言わなくっても引き受けたと思うし 同じ気持ちで接していただろうに。d0356076_09263132.jpg

何度も載せた 車いすのリク。
4才の時、椎間板ヘルニアになり その時も獣医さんに麻酔が効いている間に眠らせますか?と言われた。そうする人も多いと。これからの生活の大変さを言われたが 夫も私も それは出来なかった、いや、しなくって良かった。
察しの良い リクは判っていたかもしれない。
歩くことは勿論、オシッコも出ない、介護の自信はなかったけれど 必死だった。何度も上手くいかず獣医さんへ駈け込んだり 休診日は 探し回って遠くへも行った。色んな病気をした。
それでも よく頑張った!!こんな身体になった子は 出かける時も誰にもお願い出来ない。当然、私の生活は狭められた。
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リクは優しい子で ネコのヤンの最期は ずっと見守った。心配そうな顔をして 見守る姿は忘れることが出来ない。
お骨になったヤンくんの所へ行った時、どんな風に判っていたのか どんな風に思っていたのか 犬と人間でも可なり理解し合えていると思っていたが こういうことは難しい。
その後、今の内にと娘の所へ新幹線に乗って出かけた。そこにアイが他の2匹と一緒に暮らしていた。甘ったれのアイとビーマが大喧嘩をし、それを見ていた夫が 後日アイを引き取ろうという事になり 今に至っている。
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まだ、元気だった最後のお正月。みんなで初詣もした。
たくさんの思い出を残し リクも虹の橋を渡ってしまったが 今回、「ぐらん🐾わん」のお陰で もう一度 振り返ってみた。
何匹も見送った。 私たちも見送られる立場になるのだろうけれど この子のように感謝されるような行いが出来ているだろうか?



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# by souu-4 | 2018-08-28 17:42 | ペット | Comments(8)

夏の展覧会&ラジオ体操

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例年 この暑い盛りに八尾プリズムホールで開催する展覧会。
ここは入り口を入ったところから吹き抜けになって広々とした感じである。
矢印の所が3階の展示室。
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今回も皆さんの力作を展示し 大勢の方々にお越しいただくことが出来た。3日間の会期はあっと言う間。本日26日まで。
 
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今回のテーマは「光」
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真っ暗な中から 突然射す光をイメージして黒の冷金箋があったのでそれを使い 白墨で道元禅師の「濁りなき 心の水にすむ月は 波もくだけて 光とぞなる」の歌を添えた。
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中日には八尾市長もお越し頂いた。去年もお越し頂き その時、展示室の壁紙の汚れの話をしたら 早速綺麗にして頂けた。
搬入日は 台風20号接近で大急ぎの展示だったが 会期中天気も回復し最終日は また真夏日の温度になる。暑い中のご来場は感謝の他ない。

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最終日の前夜、満月になった月と火星が 煌々と光り輝いている。

このブログを始める前から続けているTV体操

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今朝も元気に動くことが出来た。
ラジオ体操は今年で90年!
1週間に1度の体操が出来る教室に行くのと 毎日10分のテレビ体操を欠かさずやるのは どちらが良いか?私は後者を選択し ずっと続けている。
今日も元気!


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# by souu-4 | 2018-08-26 09:32 | 展覧会 | Comments(6)

石上神宮&表具屋

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我が市の隣である天理市の中心部でも車だと10分も走ればイイかと思うが電車では近鉄、JRとも一度乗り換えなければならずグルっと回って行かなければならない。それも行き慣れないこともあり敬遠してしまう。
日本最古の一つといわれる石上神宮。石上というと鶏が浮かぶ。40羽と言われる放し飼いの鶏がゆったりとしている。酉年のお正月は参拝者も多いようだ。
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ここには神功皇后摂政52年に百済から献上されたと伝わる国宝の七支刀がある。これは博物館や美術館で見たことがあるが 実はこの神社へは初めて訪れた。
山の辺の道が通っている場所であるが 山の辺を歩いても桜井を出発すると ここまで歩かず萬葉まほろば線に乗車、奈良から歩くと手前で降りて家まで歩くと この辺りは通らない。
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楼門の額も可なり古く 文字も見え難いので写真に撮って帰宅後 よ~~く見ると「萬古猶新」万古でありながら時を越えて猶、新鮮さを失わない。本当に大切なものは不変である。山縣有朋の書だというから それほど古いものではなさそうだ。
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神社へ行ったのは その前にCafe de R'eve (カフェ・ド・レーヴ)でランチを。
外見は古民家である この門にあるバラに些か違和感があったが 入り口や敷き紙、箸紙にも この薔薇が・・この佇まいからはバラというより薔薇かな?と。中に入ると洋風な内装で全く感じが換わる。

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Reve は「夢」らしい。名の通り夢のあるお店だ。

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ランチの最後には こんなデザート。とても楽しく頂けた。

この日の第一の目的は表具屋へ行くことだった。
私は長年、公募展など大きな作品は大阪の表具店。公民館などへの出品や楽しみで作る作品は 長い付き合いである業者に頼んでいた。この業者が廃業し地元の表具屋で頑張っている所があり 3月の個展は全部 そこでお願いした。
が、最近 この天理にも熱心に研究する表具屋があることを知った。この日行くという弟子に連れて行って貰った。つい、お喋りが過ぎて長居してしまう程 これから繋いでいってくれる有望なお店であると感じた。
書は古いものであるが このままではいつまで続くだろう。
時代の移り変わりが激しい時代、古色蒼然であって良いのだろうか?


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# by souu-4 | 2018-08-21 09:41 | 奈良 | Comments(6)

平成最後の終戦の日

今日は終戦の日、いや敗戦の日です。
記憶力は悪いという事もありますが、振り返るより前を向いて進みたいと思っているのですが。
進むには残りが少なくなってきました。この際、振り返って少しでも戦争はしてはいけないということを後に残る人に伝えるべきなのかもしれません。そう思う人が多いことも感じます。
今朝の新聞に終戦2週間後に当時11歳だった今の天皇陛下に香淳皇后が書かれた手紙とその返信でしょうか 陛下の手紙が載っていました。
=戦なき世を歩みきて思ひ出づ かの難き日を生きし人々=
30年間 一度も欠かさず追悼式に出席を続けられ来年は皇太子へ引き継がれます。
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私は大阪で生まれ幼稚園まで育ちました。この写真の裏には母の筆跡で昭和15年10月 防空演習の日と書かれています。この時の記憶は全くありませんので 映画かドラマのシーンのような気がします。既にモンペを履いています。これが嫌いだった記憶はあります。着物を潰して作ったのでしょう。紐を腰で括るのでトイレが間に合わないのです。この時、満3歳です。足手まといだったでしょうね。その後この辺りを訪れた時のことは誕生の地」=リンクあり=に書いています。
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幼稚園の「オサイク」と書かれた冊子のようなものが何故か残されて 中にこんなものがありました。金鵄勲章、キンシクンシャウと旧仮名遣いになっています。

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大日本帝国海軍と書かれたのは 勿論、先生でしょうけれど こんな子供にもそういう思想?を教育されたのでしょう。
幼稚園卒園後、奈良へ疎開しました。そこでは疎開っ子という目で見られ 今でいうイジメだったと思いますが そんな風には感じませんでした。
2年生の時の担任は 何故かそんな子たちをも大事にして 疎開先から転校していく時、街の写真館で記念写真を撮りに連れて頂きました。去年、亡くなり探したのですがその写真が見当たらないのです。
疎開後、大阪の第1回目の空襲で我が家は焼けました。3月13日23時57分~14日3時25分(約3時間半)大阪上空を飛んだB29は274機、アメリカの目標に我が家の辺りは入っていたことが書かれています。136,107戸 が被災したそうです。当然、私が通っていた幼稚園も全焼だったようです。
大阪では8月14日まで8回 大空襲があったようです。
祖父母だけが残っていたのですが その時の話は聞いていませんが姉が戦火の中 祖父が勤めていた銀行へ行ったらしいと話してくれた事がありました。奈良から生駒山の向こうが真っ赤だった記憶はあり 翌朝、父が探しに行きました。夕方、疲れ果てて足にマメを作って帰宅した事、その後数日して祖父母が疎開先へ来たことは覚えています。

学校へは小1でも馬草(まぐさ)を持って行く為 母と採りに行ったりイナゴを焼いて食べたり 私たちにはあまりまともな食料はなかったのか腐りかけたさつま芋を食べた記憶はあります。4才年上の姉は勤労奉仕に行ってました。
学校の帰り姉と歩いていると飛行機が低く飛んできて、近くを歩いていた従兄弟のお兄ちゃんが堤防の下へ押し倒してくれた事があり 多分、敵機だったと思われますが ひょっとして命拾いしたのかもしれません。
アルミのお弁当箱にジャガイモを裏ごしして白いご飯に見えるように入れたものを持たせてくれた事がありました。疎開先ではお百姓さんの子はご飯や分厚いおかきを食べていたのが羨ましかったです。
この辺りも私はボーッとした子だったのか詳しい記憶はなく 夏休みにお習字を習いに行ったこと、貧しいながら筆や硯もあったのは母が無理をしてくれたのか恵まれた方だったのでしょう。
大阪の焼け野原には数回行ったようで 疎開に持って行けないお皿やお茶碗が地中に埋められていました。ガラスのコップなどが瀬戸物にくっ付いて使い物ならないようでした。随分高温で溶けたのでしょう。

3年生の夏休みに大阪へ引っ越しました。勿論、元の家ではありません。
4,5年生になった頃には お稽古事をする人も出てきましたが そんな余裕はなかったようで高校生になって書道を習わせて貰ったのが最初でした。

記憶も曖昧です。それでも戦中、戦後は不自由もありましたが それが当たり前だと思っていました。不自由な生活にも耐えられる自信はあり我慢する事を覚えたのは収穫だったかと思います。




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# by souu-4 | 2018-08-15 17:57 | 雑記 | Comments(6)

山の日

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昔 むかし 山が大好きだった。と、言ってもそれ程多くは登ったわけではない。
世の中が移り変わり 映像はドローンを使って縦走する所も撮影されるようになった。
昨年の山の日だったと思うが「北アルプスドローン大縦走」圧倒的なドローンの映像美で名峰、槍ヶ岳と穂高岳に迫ったもので感激した、あの日から1年が経過し今年も立山と剱岳。
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立山は 何度か行った事がある。殆どバスで行けるので登ったという感覚ではないが。 称名滝は落差日本一と言われるが下から見上げただけ。映像では角度を変え迫力満点!
特に剱岳は日本最難関とも呼ばれる険しい岩肌が特徴の山。山また山という圧倒的な山岳風景はもちろん、断崖絶壁の難所・カニのたてばいなど、登山熟練者のみが立ち入ることを許される場所の映像はスゴイ!!
いつも思うのだが登るのだけでも大変なのに重いカメラを持って撮影する人ってどんな体力があるのだろう。

本来なら12日が山の日になりお盆と続けて休めるようにするのだろうけれど この日は御巣鷹山のことがあり1日早い日に設定されたようだ。その為、私の誕生日が祝日になった。Facebookでは最初に登録する時、生年月日を記入するので 毎年お祝いメッセージを頂くことになる。
スマホなどからコメント出来ることもあって ブログより反応も早く好まれるように思う。唯、簡単にUP出来る分、ちょっと込み入った事を書き残したい時は こちらの方が良いように思う。
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盆参りは例年 12日であるから13日~15日のお盆より1日早くお迎えしお膳も この日から作る。宗派によってお盆の過ごし方も違うようだが 私たちの意思で決めたのではなく 多分、ご先祖さまが決められたのだろうけれど我が家は真言宗。それも故郷から出てきた夫の父が亡くなった時 近くで同じ宗旨のお寺さんにお願いした。義母から何も受け継いでいなかったのでお寺さんから色々教えてもらった。
お盆などには 海・山・里のもの5種類の煮もの、豆、ご飯、お汁、香の物を小さなお膳に並べ供える。5種か7種の野菜、果物、他にお仏壇にはお饅頭、お仏飯、お水やお花など準備するが前日行ったスーパーは混雑して買い忘れたものがあったので 早朝に掃除を済ませ 買い足しに出かけた。序でに生き仏(?)用に生菓子を購入、これが一番大事かな(^^♪
帰宅後 お布施や施餓鬼料を準備していると お参りの僧侶が・・・珍しく早い!
長年 お参り頂いている僧侶も70代になると色々不都合なところが出てくるという話をされ 月参りより短いお経で帰られた。お盆は何時もの事。

未だかまだかと待つ年もあるが 今年は早々に済んだお参りに 後はゆっくり!
昔と違いお盆に帰省する人もお参りに来る人もなく ノンビリしたものだ。




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# by souu-4 | 2018-08-12 16:17 | 雑記 | Comments(10)
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一瞬のきらめきを大切に


by souu
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