玉響記 2

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筆順 =右と左=

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今朝も地元の小学校の寺子屋の授業に行きました。正味10分間ですが少し早めに出かけ短い時間だから すぐ取り掛かることが出来るように整えます。
今日は2年生。1年生で既に習った漢字ですが右と左をひと文字ずつ書かせています。
この二文字は似ているのに筆順が違いますね。
何故違うのか?そんな話を交えて短時間で練習しました。この日は校長先生など見学に来て下さり 基本が出来ているからか筆使いが良いと褒めていただきました。

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水書ですが 払いなども上手く書けるのです。
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左右の筆順ですが
漢字の成り立ちを知ると簡単なことです   最初は こんな形でしたが・・・
手を横から見た形で 長い方は腕の部分で曲がった方は指を折り曲げた形です。指先を先に書く、と考えていただくと判り易いと思います。だから左は横イチを書き左払いを後から書き 右は左払いを書き後から横イチ(一)を書きます。右と同じように払いが先の漢字は有・布・希など
左と同じ横イチが先の漢字は友・在・存・抜 など

但し筆順は一つだけでないものもあります。 
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この学校へ行くのは国道などを通っても良いのですが 農道のような車の少ない道を 私は行きます。ここからは こうして若草山や春日山原生林なども見え 長閑な所を自転車で走ります。我が家からは国道を越えなければなりませんが季節感もあり中々良い所です。
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国道は こんな陸橋を渡るのです 子供が小学生の頃 自転車で走れたのですが 今は三分の一ほど上ると もう無理!こんな時にも歳を感じます。
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だったら 国道の下にある道を潜れば良いのです。もっと大きく車も通れる程度の地下道もありますが 人と自転車程度の道もあるのです。これは一般の人に公表しない方が良いのでしょうか?
この国道はバイパスですが 子供が小学校へ入る頃に出来ました。
何でも新しく出来る時は反対もありますが 40年以上経つと交通量も増え この東側に高速道路が出来る予定です。
世の中、ドンドン変化していきます。




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by souu-4 | 2018-11-15 11:52 | 漢字・成り立ち | Comments(10)

金魚の街の金魚フェス

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日本三大の金魚生産地があり 先月は金魚サミットが開催されました。
大和郡山市、愛知県弥富市 そして熊本県玉名郡長洲町。今年は この長洲町で開催されたのです。
わが市は 金魚だらけです。でも、金魚すくいの金魚は川にも流れていることはあり 金魚池にはイッパイいますが 流石にこんな綺麗なのは そう見かけないのです。
が、
今月は「金魚フェス」が開催されています。こんなに色んなのに改良されているのですね。まぁいつも以上に楽しみましょうという事でしょうか。
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このタイヤ水槽の写真を撮って携帯の待ち受けにすると今まで以上に郡山市内を快適に走れます。無事故、無違反にご利益があります。なんて書かれていました。
珍しい金魚もイッパイ!!
色んなお店も出店しています。
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高価なものは何も買えませんが 夫がこんな金魚の絵葉書を買ってくれました。


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by souu-4 | 2018-11-10 21:04 | 奈良 | Comments(4)

秋深まる

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朝晩 冷え込むようになってきた。
それでも奈良公園の樹々は紅葉には もう少し掛かりそうだ。
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興福寺の中金堂が完成し法要も済まされた。一般公開になり夜はライトアップされている。
入場者が持つ提灯の色も変化し人々は楽しんでいる。丁度、正倉院展も開催され 辺りは賑わっている。
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夕食を取るのも予約が必要だったり満席だと断られる店も多く 夫と二人やっと席が取れた店は飲み屋さんのようだった。「飲みませんが・・」と断って座ったが目の前にはお酒が並んでいる。海鮮丼を食べ そそくさと引き上げたが外は暗くなり中金堂へ向かう。この時間までの時間潰しでもあったが、ひとり待っているアイのことは気になりながらも ライトアップを楽しむ。
この辺り こんな催しがなければ外灯もなく真っ暗だ。老人は夜の催しは無理になってきた。

去年の今頃は 戌年に向けてご近所の犬たちの写真でカレンダーを作った。
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12カ月の内 今も元気なのは この4匹だけ。アイが15才と一番高齢だけど他の子は5才以下かな?
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最も 我が子はリク、モモとも2度の出演?だけど今年亡くなったり 既に亡くなっていた子も登場してはいるが こんなに虹の橋を渡ってしまった。みんな仲良く走り回っていると良いなぁ!
来年は亥年、これは飼っている人もなくカレンダーは作れない。


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by souu-4 | 2018-11-04 12:08 | 奈良 | Comments(12)

日々是好日


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今年の気候はやっぱりヘン!
今頃になって・・もう夏はとっくに過ぎ秋が来たというのに咲き出したのです。
夕顔って夏の花ですよねー  
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はい!昨日「日々是好日」という映画を観ました。大昔、娘時代に習った茶道、その時のお扇子や帛紗など保存しています。
映画では表千家という設定でしたが 私が習ったのはお裏でした。帛紗捌きなどちょっと違いがありますねぇ お抹茶で汚れた帛紗は そのままですが私の頭からは何もかも粗、忘れています。お扇子は開いて使いはしませんが こんなものを書いていました。「古の奈良の都の八重桜・・・」当時は奈良に住むなどとは思ってもいませんでした、筈です。
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「掬水月在手」"弄花満香衣"
水をきくすれば月 手り、花ろうすればかおりころもに満つ。
(水に写る)月も 手で掬(すく)えば手の中にすることができる。一本の菊の花でも手に持って楽しめば、その香りが衣服に染み込んでくる。たった一つの真理も、みんなの手にすることができる。
映画の中では お稽古の部屋のお床に季節のお軸が飾られていました。その軸の文字が気になって 真っ暗な映画館の中でメモりました。全部は書けていませんし手帖に書いたので 何だったか判らないものもありました。
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節分の頃だったと思いますが「不苦者有智」ふくはうち・福は内ですね。
勿論、実際に書かれていたものでなく 帰宅後勝手に書いたものです。それも1~2枚書いただけで何の工夫もありません。
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清風萬里秋

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「清風萬里秋」「薫風自南来」など殆どが禅語だと思われます。小さい文字のや人が前に居て見えないものなどもあり全部は読み切れませんでしたが 興味のある方に目は行くものなのですね。
主人公が 先生に「人に教えなさい」と言って頂くまでお稽古に通った24年間。 成長した姿の違いも然ることながら 長い年月には色んな事がある「同じことが出来る幸せ」をしみじみ味わわせてくれる映画でした。どんな日も その日を思う存分味わう、そんな気持ちで余生を過ごせるとイイなぁ。 

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by souu-4 | 2018-10-19 09:07 | 雑記 | Comments(10)

新幹線ブルー

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「チコちゃんに叱られる」という番組。
当たり前に思っていることも 何故?と深く考えると答えられないことがある。
ボーっと生きているつもりはないけれど そう言えば何の気なしに使い 言ってる事は多い。
新幹線の車体の色の話があった。
新幹線が開通したのは 前のオリンピックの直前だった。新大阪駅へ見に行った。
当時、あの車体の色を 新幹線ブルーと言った。当時、日展に出品する時、額のマットの色を表具屋と打ち合わせる。「新幹線ブルーにして下さい」と頼むと「新幹線 見に行ってきます」と表具屋が言った。昨日のことの様にとまでは言えないが ハッキリ覚えている。
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新幹線0系の窓辺りの帯の色であるが あれがタバコ=ハイライトの箱の色だという。
そういえば当時は会議と言えばタバコの煙 むんむんの中行われていた。みんなハイライトを持っていたなぁ。
車両会社に就職が決まっていた弟が 開通前の試乗車に乗ったなぁ、
こうして昔のことはハッキリ思い出す。

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このところ、災害が多い。
出かける日に起こることが多く、早くから報道されることも多い。
6月18日、会の展覧会搬入日に地震があり 7月29日の例月競書の審査日が台風12号で大雨、8月23日これも展覧会の搬入日に台風20号、9月4日には台風21号が来た。この日はお稽古日だったが変更したので家にいた。この時は「スゴイ!」なんて窓から見る余裕もあった。そして台風24号が通過した30日は又審査。電車が朝から間引き運転でお昼には運休という。結局、快速列車は10時58分天王寺発が最終。それまでに乗らなければならない。帰宅難民になるよ、と言われて迷ったが仕事を持ち帰ることにした。
早めに出かけ歩きながら見るとデパートもスーパーも商店もみな初めから休業になっている。
早くも25号が日本列島を目指している。今週も3日搬入で会期は6~8日道頓堀でグループ展がある。来ないで!!
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和歌山の田辺へ入ったらしい。ここだと進行方向の左になるので この前のように右側でないから それ程ではない。帰りには大雨かと思い長い傘を持ち徒歩で駅へ行ったが風も雨も大した事もなく道で逢った人に「歩いているの?」と訝られた。 昼食後 仕事を済ませ速達で送るため本局へ自転車で走った。台風の為、本日の集配はなく明日になると。台風の所為で何もかも狂う。
犬の散歩に行く頃には雨が降り出したので食事も入浴も早めに済ませ就寝。
一日バタバタしたからか 眠ってしまって時折風の音に目覚めたがどれ程の風雨だったかしらない。
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4時ごろには目覚めてしまったが いつの間にか満月も こんなになっていた。 
明けた空は青く台風一過かな?


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by souu-4 | 2018-10-01 09:37 | 雑記 | Comments(24)

中秋

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酷暑だった夏も遠のき お米も収穫の時期が来たようだ。
中秋!秋の真ん中
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休みの日は 休みの用事を済まさなければならない。午後、犬のサプリメントを貰いに行き 刻字用教材を探しに行き 筆屋さんへ、ここでお喋りのひと時を楽しみ奈良町の画廊で「木と寄り添って」を拝見。FBで見ると大きなものかと思っていたが掌に乗る小さなものだった。あんな繊細なものだとは やっぱり実物を見るに限る。
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途中、猿沢池へ回ると采女祭の準備が進み 早くも見物人が大勢待っていた。
24日は采女祭。奈良時代に帝に仕えていた采女が、帝のご寵愛が衰えたのを嘆いて猿沢池に身を投じたという話に因んで その霊を慰めるためのお祭りが催される。
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この花扇がお渡りのあと管弦船に移され池を巡る。
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お渡りの後 猿沢池では采女神社例祭、管弦船が池を巡り花扇を浮かべて采女の霊を鎮め、人々の幸せを祈る。
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時折 雲間より十五夜の月が見え隠れした。
今夜は満月。



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by souu-4 | 2018-09-25 00:24 | 奈良 | Comments(10)

猫の本とメガネ

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Facebookでは1年前の今日、こんな事を書いてましたよ、とお節介にも知らせてくれる。去年も一昨年も このダイヤモンドリリーが咲いたと書いていたらしいが今年は咲いていなかった。
不順な天気の所為で 今年はダメなのかと思っていると数日後には例年通りの花が咲いた。
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近くの和菓子屋さんでも季節の生菓子が出るとお抹茶を点てて・・・そんな時間を過ごしたくなる。
こぼれ萩 萩の花
今頃は東の山を見ると
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咲いているのだろうか?奈良には萩の名所、白毫寺がある。
あれから随分になるが あの時一緒に行ったあの友達も元気だったなぁ つい色んな事が蘇る。
そうそ、先日読んだ「猫思考」
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自由に生きるためにやらないこと?
やらないことリストが書かれている。

実は この前の日曜日、この著者のやらないことワークショップがあり参加した。
いきなり「遣りたくない事を3つ書いて下さい」と来た! 
やりたいことはイッパイあるけど もうこの歳になると遣りたくない事ってナイよ 
一人ずつ回って最後だったから やっと考えた。
何もしないなんて事をしたくない。ボーっと生きていたくない。
何事も歳の所為にしたくない。  かな?
正直、この場には若い人しかいなかった。こんな老婆のいう事は理解出来ないと思う。ずっと先に如何したいって希望に満ちている人の中で そんなノンビリとした時間のない者が何を言っても理解してもらえないと思っていた。参加者24名だったそうだが この答えの反応はあまり覚えていない。
遣りたいことは もっともっとステキな作品を書きたい。そしてこんなに楽しい事を後世の人に伝えたい。好きになってくれる人が例え僅かであっても伝わってくれればイイナァと思っている。
残り少ないからか遣りたいことがイッパイある。出来たらやり残さず旅立ちたい。
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段々、細かい文字が見え難くなってきた。大きくして見る方が楽!!
この眼鏡 宣伝料が半分くらいじゃない?よーーくコマーシャルしてる!
宣伝に踊らされたのならクヤシイ!!でも、拡大すると楽に見える

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 台風で近くの川に架かる橋の橋桁が1本流れていき通行止めになった。当分通れないだろうと思った通り、直す気があるのか??
ところが 関空の連絡橋。あの状態を見た時 当分無理だろうと勝手に思っていた。
が、早い!
勿論利用客の多い所は そうでないと不便だけど 人間ってガンバルネ~~
阪神大震災の時、ボランティア先で復興工事をしている人を見て「蟻ンコみたい!」なんて失礼な事を思った。アリさんも巣を壊されても黙々と復活させている。一緒にしたらいけないけれど 働く姿は一生懸命だった。

天災になんか負けるものか!!




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by souu-4 | 2018-09-19 18:12 | 雑記 | Comments(14)

半分青い

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朝ドラ「半分青い」も今月でお終い。今朝は鈴愛のお母さんのため?に涼風(そよ風)の扇風機を作る律。
「風を見る」 私は漢字の説明の時、象形文字のように見たまま出来た漢字の他、「気」や「風」のように目に見えない物も漢字を作った、と話しています。
あなたは風をご覧になったことありますか?

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でも
見えないものの漢字は 想像の世界ですね。
初めは 鳳が羽ばたいて起こった風だと思われていました。
でも、「凡」の下は鳥ではなく虫ですね。何年か経って 風は鳳ではなく竜ではないかと言われるようになり・・
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こんな形になりました。
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古い文字は鳳と風は同じ形になっているのです。
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   ここにあるこの形は舟で運ぶという意味になり 風にあるのです。文字は生まれた時のままの形ばかりでなく変化したものも多くありますが 唯の記号ではありませんので 全く違うものに変わらず3300年も使い続けられています。世界中に文字は沢山ありますがこうして続いているのは漢字だけです。

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先月の展覧会に出品した「光」の作品に 道元禅師の詞を書きました。
今朝の新聞に道元禅師が「人はみな食分あり、命分あり」と貪欲を戒めた話が載っていました。一生の内食べる総量も命の長さも決まっているということですが 医学が発達し 生まれた時に決まっていた以上に生きているのではないでしょうか?



More =困ったパソコン=
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by souu-4 | 2018-09-13 16:49 | 漢字・成り立ち | Comments(10)

清澄の里

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我が家から東に行くとJR萬葉まほろば線の帯解(おびとけ)という駅がある。
そこから更に登っていくと 清酒発祥の地であり紅葉で有名な正暦寺がある。その近くにある奈良市高樋町は、万葉の歌人達に「清澄の里」と詠われていた 田園風景が広がるまほろばの里がある。=写真の右手 こんもりとした森の向こう側辺りが我が家である=
1998年より奈良県の伝統野菜である大和伝統野菜の調査研究を行ってきたそうで、この地で栽培した奈良の伝統野菜を使った料理を出す店がある。見上げるとロッジ風の建物があり ここが「清澄の里・粟」である。
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ここにはヤギのペーターくんがいる。
動物大好きな夫は すぐ気に入って仲良しになった。
天井の高い広々したフローリングの店内のテーブルには野菜が沢山置かれている。
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見たこともないような形の野菜は 全てNPO法人がこの地で栽培した野菜や穀物で 多くは奈良の伝統野菜、海外のものもあるようだが ここで栽培されているようだ。
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ヘビウリや
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こんな形をしたカボチャも天婦羅になったり
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陶板焼きに使われたり
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イガイガしたのがキュウリの先祖 ククミス
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これがキュウリ
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お漬物になったり・・・
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これは粟生(あわなり)という和菓子
一般的な粟の粒は黄色だが これは白色で粘り強いので白い餅ができる。そのため、昔、お婿さんが米の餅とまちがえるほどだったことから、「むこだまし」の名がついたといわれる。餡も左のビンに入ったものを使い 白あんの方は白い小豆を使っている。
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テーブルに置かれた本には こんな面白い野菜も載っていた。

料理が運ばれてくると 食材の説明も丁寧にして頂けるが中々覚えられない。
今回 久しぶりであったが途中で撮った写真を 娘にLINEで送り 今度帰省した時また来ようという事になった。時々はゆっくり楽しみたい店である。



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by souu-4 | 2018-09-01 21:34 | 奈良 | Comments(14)

平成最後の終戦の日

今日は終戦の日、いや敗戦の日です。
記憶力は悪いという事もありますが、振り返るより前を向いて進みたいと思っているのですが。
進むには残りが少なくなってきました。この際、振り返って少しでも戦争はしてはいけないということを後に残る人に伝えるべきなのかもしれません。そう思う人が多いことも感じます。
今朝の新聞に終戦2週間後に当時11歳だった今の天皇陛下に香淳皇后が書かれた手紙とその返信でしょうか 陛下の手紙が載っていました。
=戦なき世を歩みきて思ひ出づ かの難き日を生きし人々=
30年間 一度も欠かさず追悼式に出席を続けられ来年は皇太子へ引き継がれます。
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私は大阪で生まれ幼稚園まで育ちました。この写真の裏には母の筆跡で昭和15年10月 防空演習の日と書かれています。この時の記憶は全くありませんので 映画かドラマのシーンのような気がします。既にモンペを履いています。これが嫌いだった記憶はあります。着物を潰して作ったのでしょう。紐を腰で括るのでトイレが間に合わないのです。この時、満3歳です。足手まといだったでしょうね。その後この辺りを訪れた時のことは誕生の地」=リンクあり=に書いています。
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幼稚園の「オサイク」と書かれた冊子のようなものが何故か残されて 中にこんなものがありました。金鵄勲章、キンシクンシャウと旧仮名遣いになっています。

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大日本帝国海軍と書かれたのは 勿論、先生でしょうけれど こんな子供にもそういう思想?を教育されたのでしょう。
幼稚園卒園後、奈良へ疎開しました。そこでは疎開っ子という目で見られ 今でいうイジメだったと思いますが そんな風には感じませんでした。
2年生の時の担任は 何故かそんな子たちをも大事にして 疎開先から転校していく時、街の写真館で記念写真を撮りに連れて頂きました。去年、亡くなり探したのですがその写真が見当たらないのです。
疎開後、大阪の第1回目の空襲で我が家は焼けました。3月13日23時57分~14日3時25分(約3時間半)大阪上空を飛んだB29は274機、アメリカの目標に我が家の辺りは入っていたことが書かれています。136,107戸 が被災したそうです。当然、私が通っていた幼稚園も全焼だったようです。
大阪では8月14日まで8回 大空襲があったようです。
祖父母だけが残っていたのですが その時の話は聞いていませんが姉が戦火の中 祖父が勤めていた銀行へ行ったらしいと話してくれた事がありました。奈良から生駒山の向こうが真っ赤だった記憶はあり 翌朝、父が探しに行きました。夕方、疲れ果てて足にマメを作って帰宅した事、その後数日して祖父母が疎開先へ来たことは覚えています。

学校へは小1でも馬草(まぐさ)を持って行く為 母と採りに行ったりイナゴを焼いて食べたり 私たちにはあまりまともな食料はなかったのか腐りかけたさつま芋を食べた記憶はあります。4才年上の姉は勤労奉仕に行ってました。
学校の帰り姉と歩いていると飛行機が低く飛んできて、近くを歩いていた従兄弟のお兄ちゃんが堤防の下へ押し倒してくれた事があり 多分、敵機だったと思われますが ひょっとして命拾いしたのかもしれません。
アルミのお弁当箱にジャガイモを裏ごしして白いご飯に見えるように入れたものを持たせてくれた事がありました。疎開先ではお百姓さんの子はご飯や分厚いおかきを食べていたのが羨ましかったです。
この辺りも私はボーッとした子だったのか詳しい記憶はなく 夏休みにお習字を習いに行ったこと、貧しいながら筆や硯もあったのは母が無理をしてくれたのか恵まれた方だったのでしょう。
大阪の焼け野原には数回行ったようで 疎開に持って行けないお皿やお茶碗が地中に埋められていました。ガラスのコップなどが瀬戸物にくっ付いて使い物ならないようでした。随分高温で溶けたのでしょう。

3年生の夏休みに大阪へ引っ越しました。勿論、元の家ではありません。
4,5年生になった頃には お稽古事をする人も出てきましたが そんな余裕はなかったようで高校生になって書道を習わせて貰ったのが最初でした。

記憶も曖昧です。それでも戦中、戦後は不自由もありましたが それが当たり前だと思っていました。不自由な生活にも耐えられる自信はあり我慢する事を覚えたのは収穫だったかと思います。




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by souu-4 | 2018-08-15 17:57 | 雑記 | Comments(6)
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一瞬のきらめきを大切に


by souu
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